ウリ坊の楽しい毎日

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zoom RSS 豊川稲荷〜戦争の話

<<   作成日時 : 2007/05/14 00:05   >>

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豊川稲荷は、日本三大稲荷である格式の高い神社の一つです。以前、愛知に住んでいたときも、時々、お参りしていましたが、今回、愛知に引っ越してきてから、今日を含めて二回、お参りに行きました。
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今日、豊川稲荷を訪れた理由は、「供養塔」にお参りするためです。
今まで、ウリ坊は拝殿、霊狐塚、奥の院くらいしかお参りしていなかったのですが、友人から「親しい人が、この供養塔に奉られているので、近くに行くことがあれば、お参りして」・・・と言われたのが直接のきっかけです。

供養塔は、昭和20年8月7日起こった豊川海軍工廠の空襲で亡くなった2000人余りの方の冥福を祈るために作られたそうです。

ウリ坊は戦争は、遠い昔のできごとかと考えていました。日本の悲惨な過去であることは、漠然と理解していましたが、実際に供養塔を訪れて、塔に刻まれている多くの人のお名前を拝見すると、その痛ましさがひしひしと伝わってきました。
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友人の「親しい人」のお名前も、塔にしっかりと刻まれていました。
友人の代わりに、お参りを済ませ、帰ろうとした時に、大変なことを思い出しました。
ウリ坊が小学生くらいの時(40年くらい前)、祖母が「おばあちゃん(祖母のこと)には、ものすごく優秀な弟がいたが、豊川の海軍工場の空襲で亡くなった。○○ちゃん(その弟の名前)みたいに優秀すぎる子は長生きできないのかなぁ。」と、本当に悲しそうに話していたことを思い出したんです。

おもわず、供養塔に引き返して、もう一度、丹念に刻まれている名前を見ました。
祖母の旧姓と、○○ちゃんにあたる名前を併せ持つ人のお名前が見つかりました。
もう、祖母の兄弟は全員、亡くなっているので確かめる術がありませんが、今度、帰省したら父に尋ねてみようかと思います。

いずれにせよ、友人のおかげで、ウリ坊は祖母の弟さんのご冥福も祈れた訳です。
友人の「親しい人」も東大を出てすぐに被災されたようです。

こうした、若くて優秀な人が、一瞬にして、遺体も分からないような亡くなり方をしてしまう・・・昔は戦争でしたが、今は事故やテロ。そういう不条理な事態を、残された遺族はどのように受け止めればよいのでしょうか。
なんだか、重苦しい気持ちになった一日でした。

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コメント(15件)

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戦争の話は、いつどこの話を聞いても、痛ましいです。
というのも、一般市民などの無実の人、
軍人でも真面目な人、純粋な人、義理堅い人、
優秀な人ほど、犠牲になられているからです。
太平洋戦争で多数の部下を自らの作戦指導で死地に向かわせながら、
自らは生き残った戦争指導者方々も平成の声を聞く頃までにだいたいお亡くなりになっています。
今ではアメリカと戦争したことも知らない若者が増えた昨今、戦後は平和で物も豊かですが、心が失われたなぁと思います。何より心を病んでいる人があまりに多いです。
なかさん
2007/05/15 11:25
豊川稲荷は商売繁盛の神様として知られていますね。私も遠いむか〜しお参りしたことがあります。
ウリ坊さんの家系は優秀な人が多いのですね。そしてウリ坊さんご自身もとてもデキル人だと思いましたよ。私も頭のいい遺伝子がほしかったなぁ。人生がかわっていたと思います。(笑)
モモちゃんタロちゃん
2007/05/15 21:40
なかさん〜コメントありがとうございました。
なかさんの歴史分析は、いつもながら率直ですね。
確かに、戦争の話は、現在では信じられないくらい、悲惨です。特攻隊の話等も、あまりに現実離れしていて、私たちには作り事のように思えます。でも、こうして供養塔を見ると、真実から目を背けてはいけないなと思います。
ウリ坊
2007/05/17 20:20
モモちゃんタロちゃんさん、豊川稲荷には愛知の方は、度々訪れるのかと思っていました。ちょっと、意外です(笑)。
ウリ坊の家系には、優秀な人とか裕福な人はいませんが、父方の親戚はとってもマジメで静かな感じの人ばかりです。堅実な親戚の中で、ウリ坊は落ちこぼれです。
ウリ坊
2007/05/17 20:25
神風特攻隊を発案された方は、戦後自衛隊の幹部になり、のちには国会議員になられたそうです。
部下には指揮官先頭で戦えと教育しながら、自らはさっさと敵前逃亡と思えるような引き返しをした司令官が多数生き残られました。軍人も、昔は海軍省、陸軍省があって官僚だったんですねぇ。勿論、そうでない方も多数おられ、その人たちのことを知ると胸を打たれるのですが、今も昔も、部下に厳しく自分にあまくが我が国の伝統のようです。
なかさん
2007/05/17 20:57
豊川稲荷は神社ではありませんのでお間違いない様に。千手観音を本尊とする曹洞宗の寺院で妙厳寺と言い、愛知県第2宗務所の第一教区に所属する格式ある寺院です。曹洞宗では守護神的な役割としてお稲荷さんを祀る寺院が多く豊川稲荷もその例で、経文として祝詞宣命ではなく「般若心経」と「吉祥陀羅尼」を唱えているはずと思いますが?神仏混淆の典型的なスタイルですね。
序でにもう一つ。名古屋の大須観音は元々今の羽島市桑原町大須と言う鄙びた村落に祀ってあり、それを尾張徳川藩がお気に召し名古屋に持って行ってしまったものです。但し古里の地名を重んじ、大須と言う名前をその地域の呼び名にしました。羽島にも残された観音様で大須観音として祀られてはいますが、寂れると言うも哀れ。「玉の輿に乗る」と言うことわざがありますが、当に名古屋大須観音様の為に有ると言って過言でないとつくづく思います。
けいすばい 余計なお節介
2010/04/04 20:17
吉田さらさ氏はホームページによると、日本で最初の寺タビストと名乗り有名寺院の紹介を著していましたが、近年では神社により関心が惹かれジンジャーとも名乗りたいとあります。寺→神社への移行の理由を私はずっと考え続けていましたが、今一つの推論が浮かびましたので、それを記し、ウリ坊さんの見解をお伺いしたい。
吉田さらさ氏が紹介されるような有名寺院は、殆ど拝観料が要ります。興福寺でも阿修羅を拝観する為にはお金が要るはずです。拝観料を払ったら、これはもう美術館と同じで、仏像も鑑賞対象になります。賽銭は自由意志による志ですで全然意味が異なります。ルーブル美術館のビーナスやモナリザは、美として感動する事はあっても信仰の対象にはなり得ません。その点、日本の普通の神社は扉が無料で開かれております。祈祷にお金が要ると言いましても、それは神事に対する謝礼ですから、当然神主さんや巫女さんにお礼を差し上げるのが、礼儀と言えます。お寺といえど経営と言う事がありますから、食べていく為にはお金を取る算段は必要と思いますが、寺門は当然無料で開かれているべきですし、少なくとも本堂ご本尊は無料で参拝出来るようにすべきです。
有料にすれば、支払った側は値踏みと言いますか、お金に値する代償を求めようとしますから、自由な精神による信仰の対象として、仏像と対面する事は無理です。紹介されている岡崎市大樹寺さんは恐らく本堂無料でないでしょうか。文章のさわやかな印象からそう推測する訳です。
これが今突然ヒラメいた、さらささん神社傾斜の根本理由でありますが、如何でしょうか?
けいすばい 一つの推論
2010/04/05 22:42
けいすばいさん〜余計なお節介について。
いえいえ、お節介どころか、お教え頂き、ありがとうございました。
そう言えば、本殿(?)の前でお線香が焚かれていました。完全にお寺ですね・・・でも、立派な鳥居もあったような。
ウリ坊
2010/04/05 23:30
なかさん〜カメレスですみません!!
「今も昔も、部下に厳しく自分にあまくが我が国の伝統のようです」について、非常に良く分かります。
特に男性では「部下に厳しく、上司にへつらう」方が多いような気がします。まあ、生きていくためには仕方ないのでしょう。
部下だけで無く、ご自分にも厳しいので、尊敬していた方が、ご自分のお子様のことは全く客観的に見られない・・・と分かって、少し残念と思ったこともあります。
ウリ坊
2010/04/05 23:37
「ルゥ」三月号特集表題ページの二仏の写真は私の懇意の写真家のもので、啓発用絵葉書作成で協力して頂いたものを載せていただきました。彼は御年80代半ばで、実に3回もの特攻隊発進の経験があります。私は彼から特攻の経験を直接詳しく聞いております。彼が生還できたのは、単なる偶然の産物で、それが三回にわたって起きたという、神憑り的な運命の持ち主です。特攻隊に関する反省や懺悔も勿論忘れてはならない事ですが、極限状況下で死を完全に受け入れてしまった人間の意識の一形態を教えて頂くと言う点において、謹んで頭を垂れて拝聴しております。尤も彼は人柄温和で至って気安く度量も大きく、市の文化活動にも労を惜しまれません。又、羽島のアマチェア写真家の総元締めとして現役としてご活躍中。一度直接お話を伺うとイイですよ。やっぱり本当に体験された方のお話しに優る貴重な見聞はありません。
けいすばい
2010/04/06 15:15
お断り:私は無職でヒマに任せてリスポンスしておりますので、ウリ坊さんのご感想は特にあればで結構ですので、目だけお通し下さい。
『自分のお子さんの事は客観的に観られない』事の劇的な例を知っています。非常に熱心で明るく生徒思いの養護学校の先生を知っておりました。年の頃は40前後、一緒に関西方面の養護学校の視察にも行きました。視察旅行に選ばれるのですから中核教員です。その後不幸にして彼の子息が交通事故に遭い、後遺症として軽い肢体不自由を伴う若干の知的遅れが残り、子どもさんは養護学校に所属することになります。後年その子は私の在籍する養護学校に入学して来ました。その先生は別の養護学校に勤務していましたが、事故後生徒の姿を見るに堪えず、一年間図書室出勤で、図書の司書のような仕事をして職務をこなし、生徒とはほとんど交わらなかったと聞いております。
『自分の子どもだけは別です』障害者に携わる諸施設、学校だけでなく福祉施設職員にも当てはまると思いますが、美句を朗する事はたやすい事ですが、自分の身に置き換えると、沈黙せざるを得ない向きもあります。障害者の親の気持ちはそうでない人には分からないのはその通りであると思いますし、障害者自身の気持ちは、その方自身でないと分からないとも言えます。親と子は必ずしも同一の意識を持っているとは限らないからです。辛い話です。
けいすばい
2010/04/07 09:55
けいすばいさん〜「自分のお子さんの事は客観的に観られない」につきまして。
ウリ坊は子供がいないので、こういうことを書くと「あなたには一生、分からない」とか言われそうですね。
子供の頃、母は他の子供とウリ坊達が一緒にいたら、何をするにも他の子を優先していました(我が子は最後)。
でも、最近は他の子を押しのけても、自分の子を先にする親御さんが多いような気がします。
障害者の方のことまでは考えが及びませんでした。
ご不快なら、コメント自体を削除したいと思います。
ウリ坊
2010/04/07 23:12
・不快な所は全然何もありません。いつもお母さんが大変魅力的に感じられますが、何らかの自己表現手段を持っておられるのかしら?お子さんは困るでしょうね。思うに、ウリ坊さんには所謂反抗期が存在しなかったのでないでしょうか。あったとしても一人相撲の感。
・さて、私の場合は全てに甘くをモットーに生きておりまして、楽をして好きな事を沢山するのが心得の一番。一応公平を心がけておりますので、家族を含めて他人にもイー加減なものです。逃げて解決できる事は逃げて、逃げられない時は休んでしまうと云う人生経路。心理学の本で回避依存症と言う病気がある事を知り、遂に自分の病名を発見したと感激しました。
・ウリ坊さんには食べ物に関する記事が多くイイですね。若くて元気な証拠。文学にも食べ物を書いた人は一杯いて、かつての私は文章確認の為、神戸のにしむらコーヒー店まで行きバスケットランチを注文したものです。今はお金もありませんが、それ以上に、食べていかれさえすれば、それでいいじゃないかと思えてなりません。
回答
2010/04/08 02:36
お断りについて誤解されるといけませんので、ご説明したいと思います。要するに私はヒマでウリ坊さんはフルタイムで仕事をしていらっしゃいます。私のコメントに律儀に回答されたらいくら時間があっても足りません。そうされたらウリ坊さんの負担感が心配になり、記入できなくなります。私の場合、何か思い付いた時、語られる方がいないので、勝手に記入させて頂いておりますので、どうぞ気楽に読み飛ばして下さい。読まれなくても構いません。言葉に出す事に意味があるのですから。
・私は小説よりも評論を好みますから、有栖川有栖さんの「迷宮しょう遙」(しょうの漢字変換無理でしたので)をサラッと目を通してみました。この類の本は相当程度ミステリーを読み込み、一種の共通感覚を持っていないと楽しむ事が困難です。マニア向きというか。一行引用『おそらく私は、自分をぎしぎしと締め付けようとする〈現実〉に対して、復讐するとまでは言わずとも一泡吹かせたいのだ。もちろん、そんな想いは多かれ少なかれみんなが抱いているもので、人それぞれにに現実逃避の道を持っている』非常に印象に残る一行です。有栖川さんの小説は同期の綾辻さんと比べると実在感が希薄で私には余り面白くありませんでした。ボードゲームの世界に入り込む感覚で、終わればぷっつりと時間が消え、ただそれだけの様な。綾辻さん、そしてよく似た横溝正史さんは読後に余韻余情を残すと思います。今フト思ったのですが、館シリーズの隠れた主人公の名は館の建築家中村青司で、正史と青司、綾辻さんは横溝さんに相当傾倒しておられるのでしょうか?
ヒラメ ご説明
2010/04/08 20:45
ヒラメさん〜確かに最近、このブログには食べ物に関する記事が多いです。
仕事の話はできるだけ書きたくありませんし、忙しくて本もあまり読めていないので、つい、手近な食べ物の話題になってしまいます(ウリ坊の備忘録ですので)。
神戸のにしむらコーヒー店・・・ウリ坊も若い頃、宮水コーヒーを頂きました。その頃は、まだ、コーヒーの味が分からず、老舗と言われても、全然、印象に残っていません(今も、味音痴ですが・・・)。
最近は「コメダ」のコーヒーを気に入っているのですが、なかなか、賛同者がいません(笑)
ウリ坊
2010/04/11 20:55
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