ウリ坊の楽しい毎日

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<<   作成日時 : 2010/09/15 20:56   >>

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ウリ坊は基本的に人嫌いのこともあり、人前で話をするのが苦手です。
それでも、仕事上、研修会の講師をすることが年に数回あります。先月は、つくばに出張してきました。

研修が午後からだったので、駅前のレストランで早めのランチをとりながら、話の構成を考えることにしました。

11時過ぎ頃だったためか、お店はガラガラでした。それなのに、ウリ坊はおばあさんと孫とおぼしき二人連れが座っている、すぐ隣のテーブルに案内されました。孫は大学生風の女性です。

その人が裕福か、それとも倹約生活をしているか・・・・は、身なりや持ち物等でなんとなく推し量れます。
隣の席のおばあさんは、レストランには少し不似合いなくらい、慎ましい暮らしをしている感じの方でした。

二人は喫茶だけだったのかも知れませんがあまり会話も無く、しばらくして、立ち上がる時(帰り際)におばあさんが財布から1万円を出して、孫にあげたのです。

年金を倹約して捻出した1万円かも知れません。

孫は遠慮するかと思ったのに、突然、ニコニコして「ありがとう、欲しい靴があるので買うわ!」と、すごい喜びようでした。

おばあさんも、とても明るい表情になって、幸せそうでした。
画像
ウリ坊は、このおばあさんの表情を見ていて、なんだか涙が出そうになってきました。

ウリ坊も長く学生をやっていたので、祖母からおこづかいをもらうことが度々ありました。
親から十分、おこづかいをもらっていたこともあり、祖母からおこづかいをもらうことに罪悪感を感じていました。

祖母は明治生まれのためか、自分のためにはあまりお金を使わない人でした。
お金の使い道は、孫におこづかいを渡したり、神社に寄付したり・・・・くらいでしょうか。

ウリ坊は、祖母が自分のためにお金を使って欲しいとずっと思い、おこづかいを渡される度に、何度も何度も断って、最後に受け取るという繰り返しでした。笑顔では無く、困った顔だったと思います。画像

けれど、今回、隣に座ったおばあさんの笑顔を見て、ウリ坊もあまり遠慮せず、素直に「ありがとう、ちょうど○○が欲しかったの!」と言えば良かった。そうしたら、どんなに祖母が幸せな気持ちになったことだろう・・・・と、後悔の気持ちで、泣きそうになったのです。

祖母にかわいがってもらった恩は、子供の居ないウリ坊ですから、自分の孫に返すという訳にもいきません。
祖母が亡くなってからは、ずっと「返せるあての無い負債を背負っているような気持ち」でした(本当に借金している人は、もっと切実な気持ちかも知れませんが)。

ウリ坊が仕事の関係等で、とても嫌な相手にも優しく接してしまうのは、こういう罪悪感のなせる業なのかもしれないと、最近、感じるようになっています。

まあ、そういう後ろ向きのことを考えても仕方がありません。
なにより、祖母はウリ坊がこういう考えでいることを悲しむと思います。
天国で、祖母に再会した時に、素直にお礼とお詫びを言って、全てが帳消しにしてもらえば済むことでしょう。

画像は、本文とは関係が無く、岐阜の高島屋の中にある『和風料理「後藤家」』で食べたランチです。
1480円なのに、松茸が付いていてびっくりしました!!

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コメント(12件)

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とても心が切なくなるようなだけど温かいお話のように感じます。
ウリ坊さんが嫌な人にでも優しくなれるとしたら、おばあさまの優しさが伝わっているのだと思うし、そういう形で恩返しできているとも考えられないかと思います。

私の祖母もそういう人でした。
明治生まれで、質素で、自分のものは何も買わずに私にもお小遣いをくれましたが、私はまだ幼かったので単純に嬉しく喜んでもらっていました。
私の両親もおじおばたちも皆子育てに忙しい最中に祖母は亡くなりました。今だったらあちこち連れて行ったり、美味しいものを買ってきて一緒に食べたりできたのにと無念です。私以上に母は無念だと思います。
(父のほうの祖父母は記憶にないほど幼い頃に亡くなったのです)

と思いつつ自分の親への親孝行も全然できていませんが・・・・・・。ちょっと反省しました。
かおるこ
2010/09/15 23:40
私は明治生まれの祖母育ちですので、ウリ坊さん、かおるこさんお二人の文章を大変嬉しく読まさせて頂きました。明治生まれの女性は、人倫を弁えられ作法も心得、一本気骨が取っている方が多く、決してフェミニズムの方が仰られる様に虐げられた弱い立場ばかりでなかったと思います。良い面は良い面として見直して欲しいものです。
『嫌な方でも優しく接してしまう』・・・これを仏教的に捉えてみますと、嫌な方と思うその心を問う事になるのですが、私は最近腹を立ててばっかりですので、お釈迦樣は尊いお方です。
振り返り、昔話を一つ。私の教員時代の良い校長・悪い校長の判断は至って単純明快で、威張るのはダメで、威張らない人は無責任でずぼらでも良い校長です。何故なら後者の場合はこちらがケアすれば良いだけだからです。私が教務主任になった時、職員どころか保護者にまで馬鹿にされていた方が校長になって大騒ぎになったのですが、出来るだけ喋らせない様にして、私が替わって学校を切り盛りし、学校全体の雰囲気は、以前より自由で明るくなり活性化しました。職員数は百人を超えますから、一学校としては結構な組織で、円滑に動くまでは大変でしたが、動き出したら私も右へならえで、部署に全てお任せです。
話が飛んでしまいましたが、何故人間はそんなに威張りたいのであろうかと不思議なものがあります。我が家(大仏寺)でも祖母に連れられての参拝はあっても、祖父に連れられてと言うのは余り見かけません。家族で来たときも男親だけ腕組みして合掌しない、そのくせ写真だけは熱心に撮る。男というのはよっぽど頭を下げるのが嫌なのか、ちょっと可哀想な感じもしております。
ヒラメ
2010/09/16 10:19
松茸の季節になりどうにか涼しくなってきました。
僕も祖父母には大変かわいがられました。
今でも祖父の大学合格した時の激励の手紙を飾っています。
縄文人
2010/09/16 23:03
ウリ坊さん、お久しぶりです!
私も仕事の関係で講習会に参加することがあります(聞く方です)
ウリ坊さんは講師をなさっているということは、肩書や社会的地位がある方なのでしょう
私のように平凡な人間が、普段の生活では出会え無い、万一、出会えたとしても、お話する機会は無いであろうウリ坊さんにこうしてコメントできるのも、ネットのお陰です
これからも記事を楽しみにしています
ポチ
2010/09/17 17:21
かおるこさんのおばあさまも、すばらしい方だったんですね!!
そのおばあさまが比較的早く亡くなられたのは、残念だと思います。
ウリ坊の祖母は96歳まで元気で長生きしてくれたのですが、ウリ坊は大学院を出てすぐに東京に就職してしまったので、何も孝行することができず、今でも悔いだらけなんです。
かおるこさんが仰るように、旅行や食事等の楽しい思い出があまりありません。
まあ、後悔ばかりしていては、祖母も成仏できないでしょうから、自分がしっかり生きていくことが恩返しかと思っています。
ウリ坊
2010/09/18 12:57
ヒラメさん、コメントありがとうございます。
「明治生まれの女の人は」とひとくくりにして良いか否かは分かりませんが、女性が色々と犠牲になって生きていた時代で、苦労をされた方が多かったことは確かだと思います。その結果として、しなやかで礼節をわきまえた方が多いのかも知れません。
「嫌な方でも優しく接してしまう」というのは、確かに良い表現ではないと思います。「嫌な方」と思わないのがベスト。
ウリ坊はまだまだ未熟なので、他人に平気で迷惑がかけられる人、卑怯な人、行き過ぎた利己主義の人等を容認することができないのです。
こういう唾棄したくなるような人って、日常生活ではできるだけ、近づかないようにできますが、仕事等では避けられません。
それで、心底嫌った上で、できる限り優しくすることにしています。
ウリ坊
2010/09/18 13:05
縄文人さん、やっと涼しくなってきましたね。
縄文人さんは、おじいさまから頂かれたお便りを大切に飾っておられるのですね。
実はウリ坊も、祖母から一通だけお便りをもらったことがあるのですが、それを飾っています。
縄文人さんのコメントを拝見して、同じように祖父母の思い出を大切にされている方が、世の中にたくさんおられるのだろうなぁと、少し心が温かくなりました。ありがとうございました!
ウリ坊
2010/09/18 13:09
ポチさん、お久しぶりです〜というか、コメントを頂いたのは初めてかと思います。
ポチさんが参加される講習会がどのような物か存じ上げませんが、ウリ坊が講師をするのは、さほど、堅苦しくない研修会です。ですから、ウリ坊は肩書や社会的地位なんてありませんし、単なる市井の人間です。
ただ、ウリ坊もブログ等を通じて、普段の生活では巡り会うことの無い方々と知り合えるのは、とても幸せなことだと思っています。
さらに(時々、ご発言下さるモモちゃんタロちゃんさん達のように)実際にお目にかかって、想像よりさらに素敵な方とお友達になれたという経緯もありますので、本当にありがたく思っています。
ポチさんも、ブログ等されておりましたら、是非、お教え下さいね!
ウリ坊
2010/09/18 13:17
こちらにコメントするのは初めてです。いつもコメントをありがとうございます。

ウリ坊さんの『祖母が亡くなってからは、ずっと「返せるあての無い負債を背負っているような気持ち」でした』
という文章に心が動かされました。

私は、祖母の最晩年に『悔いの残らないように思いっきりおばあちゃんに優しくしよう』と思って、一緒に旅行したり、贈り物したり、しゃべったりした何年間がありました。

祖母にその気持ちが伝わって、『いつも優しくしてくれて本当に嬉しい』といわれたことがありました。

ただの自慢話では無くて、つまり、ウリ坊さんも、子供の頃であっても、そんな風にたくさんしゃべったり一緒に過ごした時間があったなら、十分にお祖母さんに恩返ししてると思います。

罪悪感を持つことなんて、全然必要ないですよ!とちょっと年下の者ですが、お伝えしたいです。
ミセス・家計
2010/09/20 19:54
私も高校生の頃までは、親戚の人や近所のおばあちゃん、おばさんたちから、お年玉や、おこずかいをを貰うことが多かったのですが、無邪気なもので欲しい物を我慢することができず、すぐ使ってしまったものです。それもその頃「こけし」や「今戸人形」とかにはまっていたもので、、随分な無駄使いでした。ウリ坊さんの記事を拝読して、くださった方たちの気持ちを今更ながら振り返っています。ただやっぱり、くださった方たちの多くは既にお亡くなりになっていて、ご恩に報いることができなくなっています。
いまどき
2010/09/23 01:55
ミセス・家計さん、晩年のおばあさんに十分孝行されたのですね。本当に、素晴らしいと思いますし、正直、うらやましいです。
ウリ坊は理系の大学を選んで以来、今日まで本当に忙しくて、自分の事で精一杯だったような気がします。
がんばることが、恩返しになるのでは・・・とも思っていたのですが、ミセス・家計さんのように、直接的な孝行の足許にも及びません。
ウリ坊
2010/09/25 22:33
いまどきさん、そう言えばウリ坊も子供の頃、ご近所のおばさんにかわいがってもらいました。
その方々も他界され・・・結局、何もできませんでした。
中学の頃、かわいがってくれた近所のおばさんのご遺体を見ました。人の死に直面したのは、それが最初です。寂しいとか怖いというより、死んでしまった(もう戻ってこない)ということが信じられない気持ちでした。
ウリ坊
2010/09/25 22:40
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